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昨日に続き、またもや函館シックです。(「函館シック」って…?笑) 只今頭の中は絶賛函館モード。 函館系のサイト見ていたら私の知っている、よくいったことのあるお店の写真があったからだと思います。 自分でもどうしてこんなに函館を想ってしまうのかわかりません。 とにかく、今一番行きたい所は函館、それしか頭にありません。 きっと今誰かと北海道について話したりしたら泣き出すかもしれません。 …おかしいなぁ…、前はこんなにまで函館について考えたこと無かったのになぁ…。 だって06年のGWには一回北海道に行っているんですから。 ↑こんな感じ。ちなみに写真は高龍寺にある私のおばあちゃんの先祖のお墓のあたりからです。 …ってここまでいったらどこのお墓かわかっちゃうかな;笑 最初は確かに、NACSの影響、洋ちゃんの影響で北海道に行きたいと思っていました。 でも今はそれだけじゃないんです。 立待岬から見下ろしたあの海の風景 高龍寺から見えるあの眺め 海岸線に沈んでゆく夕日 すべてが、私のみたあの情景が、心に焼きついているんです。 でも、私が見ているのはごくわずかな函館。 私の父さんがどこで生まれ、育ったのか ばあちゃんが、じいちゃんが、何を感じながらこの街で育ってきたのか しつこいようだけど、私がまだ見ていない函館を 私の知らない函館を、しっかりとこの目に焼き付けたいから。 GWに行ったときは、すごく幼い目線でしか街を見られなかった。 今になってすごく後悔しているんだ。 あのときにしっかり焼き付けておけば、きっと今こんな感情は浮かばなかったはず。 …なぁんてことを考えちゃうんだよね。 確かに、親にしてみれば、旅費もかなりかかるししょっちゅうは行ってられないと思う。 それに行けたとしても1週間以内が限度だと思う。 だからこそ、その短時間に目に焼き付けておきたい。 もちろん函館だけじゃない。 自分の祖父母の家もしっかりとおぼえておかないと、って思う。 永久に変わらないものなんて無い、ってことがもうわかってるから。 いつか自分が住んでいる町もかわっていってしまうってこともわかってる。 それこそ、函館だって、田舎の家だって。 でも、姿は変わっても、自分の中に在る風景、情景ってものはかわらないでしょう。 そういうものを大事にしていけたらなぁ、って思うよ。 それが、「ふるさとをあいする」ってことなんじゃないのかなぁ。 だって、自分のふるさとを忘れちゃったら、還る場所はないじゃない。 それってすごくかなしいことだとおもう。 だから、私は、今目に映るものすべてを大事に、そして丁寧に心に焼き付けていきたいと思うな。 …なんか長々と語っちゃったなぁ。笑 まぁいいや、っていってもまだ言いたいこと、書きたいことはいっぱいあるなぁ。 …明日も語っちゃうかもな;笑 きれいな水を探してる魚 あれはいつかの僕と君だよ いつもの夏に放り出されて 同じ素振りで笑ってみるよ 生ぬるい都会を君と泳いだ 蝉時雨 効かないおまじない そっと胸に隠し持ちながら 明日はどっち と探す振りして 君を置いてはいけない僕で 何も無い普通の日々を泳いだ 蝉時雨 繋いだ右手は きっと僕の弱さだった 摩天楼の光 街を交互に照らします いつかは僕たちも 離れ離れになって変わり果ててしまう だから泳ぐんだよ 心の闇を照らしながら 涙をひとつ抱えてゆく 伝えたいこととか 信じたいこととか 忘れないこととか ある 摩天楼の光 少し慣れた街で 儚い僕たちは 風になったつもり 雨になったつもり やさしい口笛と 憧れ 走り出した光 そんで涙拭いて 心をいつだって伝えなくちゃいけない でも忘れなくちゃいけない 今日が世界だった きれいな水を探してる魚 あれはいつかの僕と君だよ |
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